「軒」とは、外壁から伸びている屋根の部分のこと。「軒の出」は、「軒」の長さを指す言葉です。近年は軒がない「軒ゼロ住宅」も増えていますが、軒の出を設けることにはどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか? また家の外観にどのような影響を与えるのでしょうか。
今回は、軒の出の役割や平均的な長さ、外観の印象、軒下空間のアイデアなどを、大政建築の伊藤正樹さんに伺いました。
軒の出とは?
軒の出は外壁から伸びている屋根の部分である「軒」の長さを指し、読み方は「のきので」です。まずは軒の出の概要を把握しておきましょう。
どこからどこまでが軒の出? 測り方は?
「軒の出は、屋根を支える外壁の柱の中心から、軒の先端である軒先(のきさき)までの距離を指します。軒の出の長さは、屋根の傾斜、いわゆる『流れ』に沿うのではなく、水平距離で測ります」(伊藤さん/以下同)
軒の役割は?
軒の出には、直射日光や雨、雪などから外壁を守る役割があります。
「日本は四季があり気候の変化が大きい国です。しかし昔の日本家屋は、今の家のように断熱性や気密性が高くありませんでした。そのため軒を長く出して日差しや雪などを防ぎ、さらに木戸、縁側、障子などを活用し、屋外の気温の影響を直接受けない工夫がされていたのです」
軒の出の建築基準法上の決まりは?
「軒の出の長さについては、建築基準法上の決まりはなく、どれだけ短くても長くても問題はありません。
ただし軒の出が1m(1000mm)以上になる場合には、軒先から1m(1000mm)後退した部分までを建築面積に算入しなければなりません。また柱を立てた場合は、軒の出の長さにかかわらず、柱の内側がすべて建築面積に含まれます」
ケラバの出との違いは?
「屋根が壁から伸びている部分のうち、傾斜して雨どいが付いていない部分を『ケラバ』といいます。ケラバは構造上長く出すのが難しいのが特徴で、通常で30〜45cm(300〜400mm)程度。長く出したとしても80cm(800mm)程度にとどまるのが一般的です。そのためケラバは、軒のように長く出して活用することは基本的には考えません」
軒の出の標準の長さは?
軒の出の長さについての決まりはないため、好みにあわせて自由に決められます。フラット35の住宅仕様実態調査では、軒の出の長さは「60cm(600mm)以上80cm(800mm)未満」がもっとも多く、32.8%となっています。
軒ゼロ住宅が増えている理由は?
近年「軒ゼロ」住宅が増えています。軒ゼロとは、軒の出がない状態を指します。軒ゼロが増えているのにはどのような理由があるのでしょうか?
「軒ゼロの家は凹凸が少ない外観になります。シンプルモダンですっきりしたデザインが好みの人が増えてきているのが理由だと思います。
あと家は基本的に凹凸が少ないほど、建築費用を抑えられる傾向があります。軒ゼロにすれば、その分の材料代や手間をカットでき、工期も短くできるのがメリットです。近年建築費が高騰している都会では、コスト面から軒ゼロを選ぶ人も多いのだろうと思います」
軒の出があるメリットは?
意匠性を高められる
「軒を出すと、家を軒が出ている方向に大きく見せることができます。外壁から一回り大きく屋根が出ることで、とくに和モダンの住宅では水平ラインが美しい外観デザインになります」
気候の影響を和らげられる
「四季があり、夏暑く冬寒い地域が多い日本では、軒の出をつくると気候の影響を和らげることができるのもメリットです。
例えば軒を長く出し、真夏でも直射日光が屋内に入らないようにすれば、家の中の気温が高くなりすぎず快適に過ごせます。また冬の寒い日でも、軒が長く出された家は冷気が家に直接当たりにくくなります。そのため霜が降りてガラスが凍ったり、家の中に直接冷気が入ってくるのを防ぎやすくなるのです」
雨漏りを防ぐ
「軒があると、外壁と屋根の接合部からの雨漏りを防ぎやすくなります。
例えば大雨が降ったときに、軒に取り付けた雨どいから雨水がオーバーフローして外壁にかかってしまうことがあります。そんなとき、軒ゼロだと雨どいから外壁と屋根の接合部までの距離が近すぎて、あふれた雨水が浸入してしまう場合があるのです。
もちろん雨仕舞い(あまじまい=家の中に雨水が入らないようにすること)がきちんとできていれば問題はありませんが、軒ゼロでの雨仕舞いは高度な技術が求められます。一方、軒が長ければ、そのような心配をする必要はほとんどありません」
窓から雨が入るのを防ぐ
「軒の出が長いと、窓から室内に雨が入りにくくなるので、雨の日でも窓を開けて外の空気を取り込めます。
近年は、通常の雨に加えてゲリラ的に突然大雨が降ることも増えました。そんなときでも軒が出された家では、窓を開けたままにしていた部屋が濡れるのを防ぎやすくなります。
軒が長ければ長いほど、雨との距離は遠くなり、雨音が小さくなるので室内が静かに感じることもあるほどです」
家の劣化を防ぐ
「軒の出が長いと、外壁に直射日光や雨が直接当たりにくくなるので、劣化を防ぐことができます。とくに外壁材にサイディングやガルバリウム鋼板を使っている場合、継ぎ目に充填するコーキング材が紫外線に弱いので、軒の出を長くすると有効です。
またバルコニーの床の防水層やウッドデッキなども、軒でカバーすれば紫外線や雨などから守り、長持ちさせることにつながります」
外部からの視線を遮(さえぎ)る
「軒を長く出すのは、外部からの視線を遮るのにも効果的です。例えば平屋の場合、軒の出を長くすることで、二階建ての隣家からの視線が入りにくくなります。
また軒が道路に向かって長く出ていると、外部から見たときに軒や軒の柱が先に目に入るので、その奥まで視線が届きにくくなる効果もあります。『大きな掃き出し窓にしたいけれども外からの視線が気になる』といったときには、軒の出を長くすることを検討してみるとよいでしょう。あわせて外からのぞかれにくい低反射ガラス(鏡のように反射して中が見えにくくなるガラス)を採用するのもおすすめです」
屋根裏の換気が容易
「外壁は、断熱材を充てんしてから外壁材を張ります。その際、湿気が抜けるように、断熱材と外壁材の間に通気層を設けなければなりません。軒が出されていると、外壁材の下から空気を取り込み、軒天(のきてん=軒の裏側の天井部分)から排出することが可能です。小屋裏の換気についても、同じく軒天から給排気をおこなえます。
軒ゼロでも軒先に給気口を設置するなどして換気できますが、空気は入れつつ雨水や雪は入れないといった高度な設計が必要です」
軒の出があるデメリットは?
好みの外観にならないケースがある
「軒は長く出せば出すほど、外観の凹凸が目立つようになります。そのためシンプルモダンなすっきりとした外観が好みの場合は、望む形状にするのは難しくなるでしょう」
建築費用が高くなる
「軒を出すにはそれだけの材料が必要になり、職人の手間もかかります。工期も長くなるため、その分建築費が高くなってしまいます」
建築面積に含むことで居住空間に影響が出る場合がある
「軒下に柱を立てた場合はそこまで、また壁や柱から軒先まで1m以上ある場合は、軒先から1m後退したラインまでを建築面積に含めなければなりません。建築面積は建ぺい率(敷地面積に対する建築面積の割合)によって制限を受けるので、制限ギリギリで家を建てる場合は、軒の出を長くすることにより居住空間が狭くなる可能性があります。
そのため広い敷地を確保しにくい都市部においては、居住空間をできるだけ広く取るために、軒の出を短くする傾向があるようです」
風の影響を受けやすくなる
「軒の出が長くなると、下から風が吹き上げた場合にあおられる恐れがあります。そのため軒の出を長くする場合は、強風を受けてもあおられない工夫が必要です。例えば軒を受ける垂木(たるき)と呼ばれる部材を太くする、垂木に打ち込むビスを長くする、ビスを打ち込むピッチ(間隔)を短くする、破風板や鼻隠し(いずれも屋根の側面についている板)の大きさや強度を考慮するといった方法が考えられます」
【画像付き】屋根の形と軒の出の関係、外観の印象は?
軒の出の長さによって、家の外観の印象はどのように変わるのでしょうか? 代表的な屋根の形と軒の長さによる印象の違いを紹介していきます。
切妻屋根
切妻屋根は、本を開いて伏せたような形状が特徴です。軒の出が長いとどっしりと落ち着いた安定感のある外観になり、軒が短くなるにつれ軽やかな印象になっていきます。
- 最長の軒の出の長さ2m30cm(2300mm)※2階のバルコニー部分
- 70cm(700mm)
- 軒ゼロ
寄棟屋根(よせむねやね)
寄棟は、屋根のもっとも高い場所(棟=むね)から四方向に傾斜する屋根面がある屋根形状です。日本の住宅でよく採用される人気が高い屋根です。
「とくに平屋の寄棟で軒を長く出すと、低い水平ラインが長く伸びる、和風家屋独特の美しい外観になります」
- 2m30cm(2300mm)
差し掛け屋根
差し掛け屋根は、2面の切妻屋根が段違いになっているのが特徴で、段違い屋根とも呼ばれます。アシンメトリーな形状がおしゃれな印象を与えます。
- 1m90cm(1900mm)
- 3m40cm(3400mm)
片流れ屋根
片流れは、一方向にだけ傾斜が付けられたシンプルな形状の屋根です。スタイリッシュな印象になるので、近年人気が高まっています。
「片流れは軒を長く出すと、スタイリッシュでありながら落ち着いた和モダンの印象を与えられます」
- 3m80cm(3800mm)
- 2m85cm(2850mm)
- 70cm(700mm)
- 軒ゼロ
軒下空間を見直そう! 心地よい軒下のある家とは?
軒の出を長くすると、心地よい軒下空間のある家を実現できます。ここではどのような活用方法があるのかを紹介します。
縁側・ウッドデッキ
「軒下に縁側やウッドデッキを設置すると、暑い日でも直射日光を避け、心地よい風に吹かれることができます。家族で花火やバーベキューを楽しむのもおすすめです」
玄関
「玄関のある面の軒を長く出すと、雨を気にすることなく家への出入りができるようになり快適です。こちらの家は1階部分の屋根(下屋)の軒の出を2m70cm(2700mm)と長く取り、自転車置き場としても活用しています」
ガレージ
「軒の出を長くしてガレージとすることもあります。玄関から軒下を通って車までいける動線にすると、雨の日でも濡れずに車に乗り降りできて便利です。カーポートを別に設置するより、家全体としての一体感があり美しく見えるのもメリットです。
また冬に雪が降るような寒い日は、車のガラスが凍りつくことがあります。しかし軒の下に置いておけば、ガラスが凍らなくなるので、寒さが厳しい地方にはおすすめです。
こちらの家では片流れの軒を5m60cm(5600mm)と長く出し、車を2台止められるスペースを設けました」
注文住宅の軒の出の長さを決めるときのポイントは?
最後にあらためて伊藤さんに、注文住宅の軒の出の長さを決めるときのポイントを伺いました。
「軒は『日陰でゆっくりお茶を飲みたい』『自転車を濡らさずに保管したい』など、ちょっとした暮らしの満足度を高められるパーツの一つだと思います。軒はただ出せばいいというものではなく、どうして出すのか、どのように活用したいのかまで考えた上で、確かな意図をもって出すことが大切です。
また同じ日本でも、沖縄と北海道では家のデザインが違うように、地方や気候によって適した軒の出の長さや出し方も違うでしょう。さらには同じエリアであっても、家を建てる土地の形状や方角などによりどう軒を出すといいのかは異なります。そのため注文住宅を建てるときには、地元をよく知る設計士に相談することが重要です。
これからその土地にどんな家を建て、どんな暮らしをしたいのかまで話し合える建築会社を見つけ、ぜひ一緒に家づくりを楽しんでください」
スーモカウンターに相談してみよう
「軒の出のある和モダンな家を建てたい」「軒の活用が上手な工務店を知りたい」など、住まいづくりについて疑問や悩みがある人は、ぜひスーモカウンターに相談を。スーモカウンターでは、お客さまのご希望を伺ったうえで、かなえてくれそうな依頼先を提案、紹介します。
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イラスト/やまぐちかおり