自宅と仕事場を兼ねているケースが多い、小説家や漫画家、美術家など作家の家。生活の場であり、創作の場でもある家にはどんなこだわりが詰まっているのでしょう。
作家の家を訪ね、その暮らしぶりや創作風景を拝見する連載「作家と家」。第2回は『大東京トイボックス』、『スティーブズ』(小学館)、『東京トイボクシーズ』(新潮社)などで知られる2人組漫画家・うめの自宅を紹介します。
仕事のパートナーであり、夫婦でもあるお二人。作画・演出を妻の妹尾朝子さん、企画・シナリオ・演出・CGを使った背景制作を夫の小沢高広さんが担当しています。
もともと賃貸派だったそうですが、偶然が折り重なり合い、2014年に3階建ての注文住宅を建てました。なぜ「建てる」という選択に至ったのか。仕事や生活、子育てが混在する空間をどのように行き来し、いかに両立しているのか。お話を伺いました。
※取材は、新型コロナウイルス感染症の予防対策を講じた上で実施しました
「公」「私」を混在させて、どちらにもすぐ戻れるように
都内の住宅地にある、漫画家・うめの自宅兼仕事場。小沢さん、妹尾さんはここで2人の娘、2匹の猫と暮らしています。
1階は夫婦と子どもの寝室、3階が風呂と屋上。そして、最も多くの時間を過ごすLDKとワークスペースは2階に位置します。
自作のタイポグラフィを用いた表札。作中でもプロダクトデザインを一つひとつ丁寧につくり込む「うめ」のこだわりが、家づくりにも表れている
生活の中心となるリビングと「職場」を隣接させたのは、仕事をしながら子どもの様子をうかがえ、並行して食事の準備ができるから。公私を自在に行き来しながら、多忙な日々を乗りこなしています。
小沢「最初は、仕事とプライベートの場所を完全に分けるつもりでした。でも、よく考えたら区切る必要があるのかなって。フリーランスは働く場所やスタイルが決められているわけではなく、いつでもどこでも仕事をするようなところがあります。だったらあえて“公私”を混在させて、どちらにもすぐ戻れるようにしたほうが合理的じゃないかと」
人の出入りが多い作業場が2階にあるため、玄関も2階にある。入口のドアを開けて、土足で土間の階段を上る
リビングとワークスペースの間は引き戸で区切られているものの、全面ガラス張りでオープンな雰囲気。仕事中も子どもが自由に行き来しているそう
小沢「料理は僕の担当なので、キッチンが一番近い場所に座っています。前の家は1階にキッチン、3階が仕事場だったので、料理と仕事を同時にやるのが難しくて……。ここなら椅子を1メートルスライドさせるだけで、仕事をしながら煮物の火加減も調整できて快適です」
家にはスタッフや編集者も頻繁に訪れますが、家族以外に生活空間を見られることへの抵抗はないようです。
妹尾「前の家でもスタッフとリビングでご飯を食べたりしていたから、そこは気にしないですね。それに、スタッフがこの家にいるのは家族の時間が始まる18時まで。ほぼ残業もなく、基本的には定時でピタッと作業を終えてもらっています。空間ではなく、時間で公私を区切っています」
小沢「以前は、いつまでもダラダラと仕事をしていたんですけどね。変わったのは、子どもが生まれてから。子どもを保育園に預けている間に仕事をして、夕方に迎えに行った後はスッパリやめる。今は2人とも小学生なので手がかからなくなったんですけど、その時のサイクルがずっと続いています」
大量の本や資料もスッキリと整理された仕事部屋
仕事部屋は、デジタル作画用のペンタブ、背景CG制作用のパソコン、息抜き用のゲーム専用モニター、加えて大量の漫画や資料本など、仕事上欠かせないモノがたくさん。
それらをスッキリと収納・整理整頓し、かつ、快適な作業スペースを確保するための工夫が凝らされています。
小沢「2つの机を横幅いっぱいに壁付けしました。モニターを置いても手前で作業ができるよう奥行きにも余裕をもたせています。中央には仕切りも兼ねて本棚を置いたのと、頭上にも本の置き場をつくったので、床を補強し耐荷重を上げてもらいました。ここに入りきらない分は、1階の本棚に保管しています」
これだけたくさんの漫画がある環境。子どもにとっては夢のような場所なのではないかと思うが、“これみよがし”に置いているとかえって読まないそう。2人のお子さんは今、ゲームに夢中なのだとか。
本棚に収まらない漫画はデスクの足元にまで進出。漫画を読むのも仕事のうちであるため、どんどん増えてしまう
ワークスタイルに最適化した機能性を持たせつつ、シンプルで無駄のない空間。そして細部へのこだわりは、お二人の几帳面さや美意識を体現しています。
小沢「設計上、どうしても必要な天井の傾斜を利用して、猫が仕事部屋から屋上へ行けるようステップを取り付けました。また傾斜部分に照明を埋め込むと、光の強さがフラット部分の埋め込み照明とアンバランスになってしまうので、傾斜部分はつり下げ式の照明にし、高さをそろえました」
残念ながら、当の猫たちはほとんど登ってくれないのだとか。「なかなか人間の思惑どおりには動いてくれないもんです」と妹尾さん
デスクはペンタブを置いたときに作業がしやすいよう、若干低く設計。横並びで作業しているので、ネームや作画に迷ったときはすぐに相談できる
eスポーツをテーマにした『東京トイボクシーズ』を連載していることもあり、デスクにはアーケードコントローラーが
難しい条件の賃貸物件を探すより、理想の家を建てたほうが早い
小沢さんと妹尾さんが家を建てたのは2014年。もともとは物を所有したくないという理由から「賃貸派」でしたが、仕事やライフスタイル、家族の状況を踏まえた結果「買って建てる」決断に至ります。
小沢「子どもが小学校に入ったら引越ししづらくなるから、長く住める家を探していました。最初は賃貸がよかったんですけど、僕らは希望の条件がけっこう特殊だったから、なかなか見つからなくて……」
妹尾「まず、エレベーターが“ない”こと。小さい娘が2人いるので、知らない人とエレベーターに乗り合わせるのが不安で。それから2匹の猫と暮らせること。“ペット可”とされている物件でも猫はNGだったり、1匹しか飼えなかったり、制約があるんですよね。あとは、家で仕事ができて、取材や打ち合わせで不特定多数の人が出入りするのもOKで……」
小沢「そういう特殊な条件の物件って限られているから、違う不動産屋さんに行っても同じ家を紹介されたりするんです。何度も『あ、この物件知ってる!』と、なりました(笑)。かなり探したけど、結局これぞという家には出会えなかったですね」
(C)うめ/コルク
そんなある日、ふと思い出したのは、以前、なじみの不動産屋から受けた思わぬ提案でした。
小沢「デビュー前からお世話になっていた不動産屋のおじさんと話したとき『借りるんじゃなくて、買っちゃえば?』と提案してくれていたんです。そのころは買う・建てるっていう選択肢は一切なくて、おじさんの提案もピンとこなかったんです。フリーランスは住宅ローンの審査も通りづらいっていわれていましたしね。けっきょく「家どうするか問題」は宙ぶらりんのままになっていました」
妹尾「その後しばらくして、建築士になった級友との再会をきっかけに『家を建てる』ことが一気に現実的になりました。とはいえ、やっぱりフリーランスが家を買うのは簡単じゃないので、モチベーションが維持できなくて」
そんな2人が「覚悟」を決めたのは、フリーランスの在宅ワークで2匹の猫を飼うなど、ほぼ同じ「条件」を理由に家を建てた友人夫婦の言葉でした。
妹尾「その夫婦も物を所有するのがあまり好きじゃない人たちだったので『なんで家を買ったの?』と聞いてみました。そしたら『僕たちみたいな特殊な条件に合う賃貸物件を探す苦労を考えたら、理想の家を建ててしまったほうがずっと早い』と。それもそうだなと思って、覚悟を決めました」
(C)うめ/コルク
2人の決断を支えてくれたのは、妹尾さんが同窓会で再会した級友の建築士・Sさんでした。在学中はほぼ交流がなかったそうですが、家づくりに悩む小沢さん、妹尾さんを徹底的にサポートしてくれました。
妹尾「家を建てるといっても、何から手をつければいいか、どこに相談すればいいかも全くわかりませんでしたが、S君はなんでも相談にのるよ! と言ってくれて。お言葉に甘えて、苦戦していたお金の借り方から何から全部教えてもらいました。建築士としてもすごく優秀だったし、小沢とも感覚が合ったんですよね。むしろ、同級生の私より意気投合していました(笑)」
小沢「多くを語らなくても、わかってくれるんですよ。最初に理想の家を聞かれて『平屋』って答えた時も『平屋、僕も好きです。いいですよね』と言ってくれて。土地の狭い都内で平屋なんて非現実的なんですけど、否定せずに受け止めてくれる。話も通じるし、いい人だなと思いました」
妹尾「むしろ私のほうがポカンとしてたよね。平屋? なに言ってんの?って(笑)。S君も私たち夫婦と一緒でゲーム好きで、今でもゲーム仲間として交流が続いています。こんなに仲良くなる日がくるなんて、学生時代は思ってもみませんでした」
(C)うめ/コルク
ネコもヒトも暮らしやすい家づくり
Sさんとともにつくり上げた理想の家。仕事部屋以外にも、さまざまなこだわりが詰まっています。特に注力したのは、“ネコ”と“ヒト”が快適に共存する空間の構築でした。
妹尾「猫が屋外で安全に遊べる場所をつくりたかったんです。自由に外へ出られるようにすると迷子になってしまうし、交通事故も怖い。そこで、3階の一部を屋上スペースにしました」
しじみさん(16歳)。当初は野性味にあふれていたが、ともに暮らすうち警戒心が薄れ、性格が丸くなったそう
はるさん(17歳)。この日は若干しょっぱい対応だったものの、本来は人懐っこい性格
屋上は猫の遊び場であると同時に、ヒトが気分転換できる場所でもある(画像提供:小沢さん)
小沢「あとは家がボロボロにならないように、かなり対策しましたね。爪研ぎ対策で壁紙を薄くしたり、頑丈な木を使ったり。Sさんに『どの木材なら猫に勝てますか』って聞いて、ものすごく硬いのを選びました」
リビングの壁や作業場の机など、家の木材は基本的にタモ集成材を使用
猫用のトイレはリビングにあるクロゼットに隠している。出入りは専用の穴を通って
一方で、ヒトの暮らしやすさを考慮したアイデアも随所に盛り込まれています。例えば、最も長く過ごすLDKと仕事場を2階に配置したのも、上下階への移動が1階ずつで済むから。
また、洗濯後にそのまま屋上へ干せるよう浴室のある3階にランドリールームをつくるなど、家事動線も考え抜かれています。
妹尾「2階のキッチン裏には小さなベランダがあります。これはSさんのアイデアで、バルコニーにできるほどの広さはないけど、簡易的なゴミ置き場になるからって。本人も自画自賛していましたけど、確かに重宝しています(笑)」
小沢「あとは、トイレも1階と2階にそれぞれつくりました。朝のトイレ渋滞がなくなるし、子どもが感染性の胃腸炎にかかった時なんかもトイレを別々にできるから便利なんですよ」
L字型のリビングの形状を活かしたテレビスペース。当初はテレビボードを兼ねた壁面収納をつくる予定だったが、「これからテレビはもっと大きくなるはず。今のサイズに合わせてつくらないほうがいい」という小沢さんの意見で取りやめに。読みどおり、テレビは大きくなり続けている
キッチン台の側面に貼られた黒板シート。子どもの小学校で黒板への落書きが禁止されていることを知り、心置きなく何でも描ける場を用意した。子どもに勉強を教えるときも、板書だと食いつきがいいそう
(画像提供:小沢さん)
この家に暮らして7年。言うまでもなく、仕事や生活はぐっと快適になりました。さらには、思いもよらない効果や発見もあったといいます。
妹尾「最近は小沢と仕事のことでぶつかった時、娘が仲裁に入ってくれるんです。私が怒って上の階に行くと長女がついてきて『お父さんは、ああ言ってたけどさ……』とフォローをしてくれる。夫婦のちょっとした言い争いが始まるとすっと次女を下の階に連れて行ってくれたり。本当に頼もしい……」
小沢「それができるのも、家が広くなったからですよね。例え意見がぶつかったとしても、いったんどちらかが席を外して頭を冷やす場所がある。前は狭くて逃げ場がなかったので、ケンカが尾を引いて仕事にも影響することがありましたから。それに、ここに住むようになって心の余裕ができたのか、そもそも夫婦の揉め事自体が減りました(笑)」
お話を伺った方:うめ
シナリオ担当の小沢高広、作画担当の妹尾朝子からなる二人組漫画家。代表作『大東京トイボックス』は、テレビドラマ化もされた。他に沖縄の離島で都会出身の子がiPhone片手にサバイバルする『南国トムソーヤ』、1970年代シリコンバレーの群雄割拠を描く『スティーブズ』(原作:松永肇一)など。
現在は、eスポーツの世界を描くトイボシリーズ最新作『東京トイボクシーズ』、育児エッセイマンガ『ニブンノイクジ』などを連載中。
また小沢は『劇場版マジンガーZ / Infinity』の脚本を担当。妹尾は『団地団』のメンバーとして多くのトークイベントの出演するなど、個人での活動も多い。
Twitter:@ume_nanminchamp
公式サイト:ちゃぶだい
聞き手・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:関口佳代
編集:はてな編集部
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