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海と江の島を眺めて暮らす。逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん【作家と家】

🎦注文住宅で実現したこだわりの空間を動画で

神奈川県逗子市にある漫画家・小説家、折原みとさんのご自宅を訪ねました。

20代の頃は東京のマンションに暮らし、「仕事しかしていなかった」という折原さん。33歳の頃にそれまでの仕事のやり方やライフスタイルを見直し、逗子に移住しました。

湘南の海を見渡す高台の洋館で、美しく穏やかな景色を眺めながらの生活は、折原さんの心にどんな変化をもたらしたのでしょうか?

自宅と仕事場を兼ねているケースが多い、小説家や漫画家、美術家など作家の家。生活の場であり、創作の場でもある家にはどんなこだわりが詰まっているのでしょう。その暮らしぶりや創作風景を拝見する連載「作家と家」第7回です。

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 間取図折原みとさん邸の間取図
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん

逗子の絶景に魅了されて「家を建てよう」と即決

相模湾や江の島、富士山まで見渡せる、逗子の高台にある住宅地。漫画家・小説家の折原みとさんは、ここに暮らして26年になります。初めて逗子を訪れた際、美しい眺望と環境の良さに惹かれ、その場で「ここに家を建てよう」と即決したのだとか。

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん デッキ1階と2階の海側にデッキを設置。正面に富士山を望む絶好のロケーション

この景色をずっと眺めていたいから、最も長い時間を過ごす仕事場とバスルームを2階の海側に配置しました。大きな窓をたくさん付けたのも、外の世界をなるべく感じていたかったからなんです

20代の頃は東京・中目黒のマンションでバリバリ仕事をしながら、都会生活を謳歌していたという折原さん。

あまりにも仕事中心だったそれまでのライフスタイルを見直し、重視したのは「リゾート感」と「心落ち着ける場所」であること。自ら家全体のコンセプトを決め、間取図を描き、理想を形にしました。

家の中から景色を楽しめること以外で重視したのは、派手過ぎずに落ち着ける雰囲気、かつ、生活感を極力なくした空間づくりです。

少女漫画家は『お城みたいな家』に住んでいるイメージをお持ちの方もいらっしゃるかもしれませんが、私はあまり華美ではない和洋折衷の雰囲気が好きで。床や天井などの色味もなるべくシンプルなものをチョイスしています

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん ダイニング海側の庭に面したダイニングには、アメリカのクラシック家具ブランド「ドレクセル ヘリテイジ」のテーブルと椅子を配置
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん インテリア和洋のインテリアが調和するリビングの一角

シンプルな内装になじむ家具や調度品はスペインやモロッコ、インドネシアのバリ島などを旅した際、現地で購入したものも多数。「いろんな国の文化やテイストが混ざりつつ、調和している。そんな空間が好きなんです」と折原さん。

また、スペインのグラナダで見つけた小テーブルの横に「そのへんでもらってきた椅子」を合わせるなど、ブランドや物の出自に縛られない部屋づくりを楽しんでいます。

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 家具この家に合うものを吟味し、本当に気に入ったものだけを置いている

小テーブルに合わせる椅子をずっと探していたときに、たまたま街中でこのウィンザーチェアを粗大ゴミに出そうとしているおじさんがいたんです。あまりにもイメージにぴったりだったので『それ、捨てるならください!』とお願いしてもらってきてしまいました(笑)

この家に来てから、友人を自宅に招くことが増えたといいます。仕事部屋や浴室、寝室などのプライベート要素は2階にまとめ、1階はリビング、バーカウンターなど、ゲストが楽しめる空間を配置しました。

冬はリビングの暖炉と囲炉裏に火を入れて、ワインを飲みながら肉やお芋を焼きます。デッキにも鉄製の火鉢があって、暖かい季節はそこで焚き火をしますね。友人たちと一緒に、燃え盛る火を眺める時間が好きなんです

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん リビング1階リビング。冬は暖炉に火を入れてホームパーティーを楽しむ。国や年代の異なる調度品が違和感なく空間に溶け込んでいる
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん デッキ50人ほどのゲストが集まることも。夏は外のスペースを活用
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 玄関ホールのバーカウンター玄関ホールにはバーカウンターも。客人たちが場所を移動して楽しめるよう、趣向を変えたスペースを複数用意している

仕事部屋は効率より「リラックスできるか」を重視

1980年代後半から少女漫画家として活動し、現在も漫画、小説、エッセイと精力的に執筆活動を続ける折原さん。1日の大半を2階の仕事部屋で過ごすため、効率性よりも「いかにリラックスできる環境か」を重視したそうです。

本当は部屋に閉じこもっていたくないんです。外にはこんなにも良い環境があるのに、もったいないじゃないですか。でも、仕事をしなきゃいけないから、せめて常に外が見えるようにしようと。いつでも海と富士山と江の島が視界に入る場所に机を配置しました

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 仕事部屋3方向の窓から光が差し込む明るい仕事部屋
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 仕事部屋折原さんの机からの眺め。富士山は冬が一番きれいに見えるそう

でも、仕事部屋の広さとレイアウトは、以前に住んでいた東京のマンションとほぼ同じなんです。新しい家だからといって大きく変えるより、慣れていて使いやすいことを重視しました。部屋の真ん中は私のくつろぎスペースです。

以前はアシスタントさんの机が並んでいたんですけど、最近はここに来ていただく機会も減ったのでソファを置きました。そしたら、しょっちゅう昼寝するようになって仕事の効率が急激に落ちましたね(笑)

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 仕事部屋折原さんのくつろぎスペースで昼寝する愛犬の「ハル」ちゃん

2階にはお気に入りのバスルームとテラスもあります。仕事部屋と同じく、大きな窓から最高の景観が広がるバスルームと、そこから続くテラスでのひとときは、折原さんにとって一番の癒やしです。

バスルームと脱衣所は10年ほど前にリフォームしました。イメージはバリのリゾート地。犬と一緒に暮らすようになってからあまり旅行に行けなくなったので、それなら家にバリをつくってしまえと(笑)

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん バスルーム湘南の海を一望するバスルーム。脱衣所も含めてダークブラウンで統一し、バリ風の小物やアジアン雑貨を置いている
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん テラス脱衣所からつながる板張りのテラス。お風呂上がり、海風にあたりながらくつろげる

脱衣所には冷蔵庫やグラス、お酒も少し置いています。『もう今日は仕事ムリ! 遊んじゃおう!』みたいな日は夕方の明るい時間からお風呂に入って、テラスで夕日を眺めながらお酒を楽しむこともありますね

「あのまま東京にいたら、描けなくなっていたかも」30歳で人生を見直した

心地よく過ごせる家で、逗子暮らしを満喫している折原さん。しかしもともと縁もゆかりもない逗子に、突然、家を建てようと思い立ったきっかけは何だったのでしょうか?

実は家を建てたいという願望は全くなかったんです。一戸建ては掃除や管理が大変そうだし、マンションの方が楽かなって。それに、20代の頃は今のように自然に癒やされたり、アウトドアを楽しんだりする心の余裕も持てなかったですね。とにかく仕事しかしていませんでした。

深夜までマンションの仕事部屋にこもってひたすら漫画を描いて、終わったらそのまま街へ飲みに行く。当時はそんな生活が楽しくて『東京最高!』って思っていました。でも、30歳になってなんとなくこのままでいいのだろうかと。ふと、生活や人生そのものを見直したくなったんですよね

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん「あのまま東京にいたら、描けなくなっていたかも」と折原さん

そんな折、取材旅行で小笠原諸島を訪問。その自然の美しさに心を奪われ、「人生観が変わる」ほどの衝撃を受けたといいます。

見たこともないような海の美しさと、自然に寄り添って生きる島民の方々の穏やかな表情と雰囲気。思わず、『人間はこんなふうに生きなければいけない!』と、都会を離れることを決めました。

とはいえ、仕事は続けたいし、さすがに小笠原に移住するのは現実的じゃない。そこで、東京にも通える範囲の郊外で、海の見える場所を探していたところ、知人から紹介されたのが逗子だったんです

ひとたび決断すれば、おそろしく行動が早い折原さん。小笠原を訪れてから数カ月後には土地を買い、移住に向けた準備を始めました。

それまでは逗子がどこにあるかも知らないくらい土地勘がなかったし、ご近所にどんな人が住んでいるかも分からないまま、ほとんど勢いだけで決めてしまいました。でも、この眺めは何にも変え難い。土地の区画が大きくて、緑豊かな住宅街の雰囲気も良かった。ここなら大丈夫だろうと。ほとんど直感でしたけど、今思えば大当たりでしたね

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 外観自宅の外観。建物の周りを塀ではなく、緑で囲っている

ただアウトプットするだけの毎日から、やりたいことがどんどんあふれる生活に

逗子に家を建て、暮らし始めたことで生活が180度変わったと話す折原さん。その一つが「大型犬との暮らし」です。

子どもの頃から大型犬との暮らしに憧れていましたが、都心のマンションではなかなか難しく諦めていました。でも、ひょんなことから家を建てることになり『今なら飼えるじゃん!』と。家を建ててすぐに迎えたのが初代の『リキ丸』。2代目が『こりき』。そして、今一緒に暮らしているのが3代目の『ハル』。全てゴールデンレトリバーです

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん ハルちゃんハルちゃんは5カ月前にこの家に来たばかり
東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん ベランダ寝室に面したベランダには人工芝を敷き、愛犬のためのくつろぎスペースに

また、東京での昼夜逆転の日々から朝型になり、規則正しい生活になったことも大きな変化だったとか。

1日2回は散歩に出るようになり、アウトドアの楽しさに目覚めました。一人で海に行って泳いだり、森の中で自然と戯れたり、野草を摘んで食べてみたり。火を扱うのもうまくなりました。 なんというか、すごく野生的になったと思います

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん キッチン明るいキッチン。最近は野草料理を研究している

逗子での生活もずいぶん長くなりましたが、まったく飽きることはないそうです。むしろ、今でも毎日のように新しい刺激があるのだとか。

アウトドアもそうですけど、ここにいるとやりたいことがどんどんあふれてくるんです。近所に日本舞踊やお琴、華道、茶道、書道など、和の文化・芸事に秀でた方が多く住んでいて、知らない世界のことを教わるのが楽しくて。

最近は武道にも目覚めました。居合道や合気道、それから弓道ですね。もはや、何を目指しているのかよく分からなくなってきました(笑)

東京から逗子へ移住し「野生」を取り戻した漫画家・小説家、折原みとさん 和室1階の和室は琴や茶道を楽しむ空間に

そうした学びは、折原さんの作品にも生かされています。

手がけている児童小説のシリーズ(『きみと100年分の恋をしよう』(講談社))で主人公が鎌倉の高校に入学するんですけど、弓道部に入部させようかと。もともとネタにしようと思って弓道を始めたわけではないのですが、自分が興味を持ったことは自然と作品に反映されていきますね

東京で仕事ばかりしていた20代の頃は、新しいことを始めようという余裕すらなかったと話す折原さん。逗子に来てからは地域の人々とも交流するようになって、実際に出会った人や聞いた話から着想を得ることも増えたそうです。

以前は経験や知識の蓄積がなく、ただただアウトプットするだけの毎日に、だんだん描きたいものも描けなくなってしまうんじゃないかという不安を抱えていました。30代前半というタイミングで移住を決断したことは、創作を続けていくうえでも大きな意味があったんじゃないかと思います

「作家と家」アーカイブはこちら

お話を伺った人:折原みとさん

折原みとさん

1985年に少女漫画家デビュー、1987年に小説家デビュー。1990年に出版した小説『時の輝き』(講談社)が100万部のベストセラーとなる。現在は漫画、小説にとどまらず、エッセイ、絵本、詩集、フォトエッセイ、料理レシピ本、CDなど、幅広く活動する。

X (旧Twitter):@mito_orihara Webサイト:折原みと Archives

聞き手・文:榎並紀行(やじろべえ)
写真:小野奈那子
編集:はてな編集部